【Moonlight lover-1】夏。

【Moonlight lover-1】夏。
小説

けたたましく鳴る目覚ましを叩き止める。午後4時。やっとさっき寝付いたばかりなのに、今日もまた眠れなかった。

動かない体を引きずりながら、這うようにバスルームへ移動する。最初の5分はシャワーを体に当てるのが精一杯。

朦朧としながら荒々しくシャンプーを手に取り、髪を洗う。―――気持ち悪い。

慌ててドアを開け、泡だらけの上半身を外に放り出した。シャワーを浴びると、いつも途中で貧血を起こして倒れる。

やっとの思いで入浴を終え、バスタオル一枚のままベッドになだれ込んだ。

 

治安が悪いと名高い地域の中でも、より一層人通りのない川沿い。

オートロックのワンルームマンション5階にある私の部屋には、安物のシングルベッドがひとつ。それ以外には家具や電化製品はおろか、カーテンすらない。

2軒隣りは、殺人事件があったばかりのラブホテル、両隣のマンションには暴力団関係者か風俗嬢、水商売系の人ばかりが住んでいる。

私も、その1人。

16歳で家を飛び出してから2年、ずっと夜の街で生きて、やっと〝働ける歳〟になった。

勤務先の店は地元でも大きなクラブ、オーナーママの『パパ』はボクシング協会専属の眼科医らしい。

殺風景なこの部屋で一緒に住んでいる恋人は、5歳年上の営業マン&クラブのチーフ。いわゆる職場恋愛、とでもいうのだろうか。

『パパ』に見つかったら罰金モノだ。

顔と気前と口とプライドは人並み以上、でも金銭感覚と性格は人並み以下。昼夜働いてもなお借金まみれ、現在はすっかり私に養われている。

どうやら、男を見る目がないのは親譲りのようだ。

 

いつまでたっても動きそうにない肉体を無理やり動かして、鏡の前に座る。

化粧水を取ろうと伸ばした腕は、今にも折れそうなほど細い。漂白剤を飲んだかのような真っ白の肌に、どこまでも果てしなく続く血管。

自分で見ても、ゾッとする。

ひとりで食事ができない私は、164cmの身長で、体重が32kgしかなかった。

 

初めて化粧をしたのは、14歳。身内から性風俗店に売り飛ばされた日。それ以来、化粧がどうしても好きになれない。

【化粧をする=自分が商品(モノ)になるとき】。

素顔の私には、誰も用がない。存在価値のない、どうでもいい女。

私がどこで何をしようと、どこでいつ死のうと、誰も気にしないし、泣いてくれるような人はいない。

 

無表情・無感情のまま身支度を終え、ドレスに着替えるとスイッチが切り替わる。【どうでもいい女】から【商品(ホステス)】へ――。

〝女〟であり続ける以外に、生きる術がなかった。

 

『商品の私』にとって、男は金の代名詞だった。それなのに、わが男は外面ばかりのヒモ男。

何でこんなヤツを好きなんだろう?自分でも不思議に思う。そもそも〝好き〟という感情が分からない、誰かを好きになったことなどない気がする。

ただ独りでいたくないから、そのとき身近にいる中から単に『一番』を選んでる。

一緒に食事をしてくれて、肌の温もりを感じられればそれでよかった。私には【普通の人】の感情が分からなかった。

 

秋好 玲那

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北九州市在住の被虐待当事者です。 2000年から、少年院やグループホームなどで被虐待者の自立支援及び相談業務を行う傍ら、児童相談所などでの講演活動、大学など...

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