【Moonlight lover-2】金と欲望と渦巻く怒り
出勤して最初の作業は、タイムカードを押すこと。
1分でも過ぎると罰金1万円、当日欠勤は罰金2万円。無断欠勤すると、罰金5万円。日当が1万円だから、1分遅刻しただけでその日はタダ働きになる。
だから毎日、タイムカードのある小さなクローゼットは、戦争みたいにホステスがひしめき合っている。
タイムカードを押したら、待機ルームでたばこに火をつけるのが日課だ。視界の隅には、自分の男が新人の中年ホステスに口説かれている光景が見える。
「ねぇチーフぅ。いつご飯連れてってくれるのぉー?」
ババアが色気づきやがって、気持ち悪い。
彼氏を口説かれる嫉妬、ではなく、男に媚びている女の姿を見ると、吐き気がする。中学時代に幾度となく見た、愛人に色目を使う祖母の姿と重なるからだ。
店がオープンすると、客が徐々に流れ込んでくる。セット料金は、一人3万円。総大理石ビルのワンフロアにあるこの店は、エリアで一番高い。
料金システム自体は、もっと高額な店はいくらでもある。この店が一番高いのは『ぼったくり』だからだ。
客が帰るときには、3万円だったはずのセット料金は10万円を超える。シャンパンでも抜こうものなら、安物でも100万円は軽い。
それでもバブル崩壊直後だからか、キャッシュで払う客も多くいた。
それだけ儲けておいて、なおかつホステスからも罰金だの売掛だのと理由を付けて金をむしり取っていくのが『パパ』。
明細に総支給額30万円なんて書いていても、ひどい子だとレギュラーでも手取りが10万円に満たない。
私の月給は、平均で17万円。クラブホステスなのにこの月給は安すぎる。でも他の子に比べれば、マシなほうだった。
客はバカな男ばかりだ。帯付きの札束をチラつかせながら、
「いくらなら俺と寝る?」
「俺の愛人になったら月にこれだけやるよ」
そんな話ばっかりでウンザリする。
金で女をどうこうしようという、その考えが気に入らない。買われる女の気も知らないクセに。断って、金を顔に力いっぱいたたきつけられたこともある。
「たかが水商売女のくせに、黙って股開きゃいいものをえらそうに」
悔しくて金を投げ返したら、『パパ』に思いっ切り怒られた。
「もったいない、もらえばいいのに」
彼氏はいつもそう言っていた。金を稼げない私には、誰も用がない。店も、彼氏も、親も。金、金、金、金。私の顔を見る人全員が金の話をする。
私に札束をたたきつけた弁護士の顔は、絶対に忘れない。自分の欲求を満たすために借金をして私を売った祖母を、絶対に許さない。
中学生の私が汗水垂らして稼いだ金を横取りした母なんか、絶対に親とは認めない。
働く場所がない私につけ込んで金をむしり取ろうとする『パパ』に、いつか仕返ししてやりたい。
その私の金でのんきに暮らしているわが男を、みじんも信用できない。
・・・いや、違う。本当に信用できないのは、本当に許せないのは、本当に認められないのは自分自身かもしれない。
笑顔の仮面の下には、ヘドロのような怒りが渦巻いていた。